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浦安堀江の清龍神社

旦那が生まれ育った千葉県浦安市の元町(昔からある地区)では4年に一度、オリンピックの年に3つの神社合同の三社祭りが開催されます。今年は6月16日、17日です。祭りの1ヶ月前から町中には提灯や万国旗(?)が飾られ、6月に入ると空き地や公園に自治会や隣組の御神酒所が設置され準備に余念がありません。前夜にはお神輿に御魂入れが行われ、その時点からものすごい盛り上がりです。お神輿を担ぐために祭りごとに仕事を辞めていた人もいたそうです。いつもは静かな元町もこの期間は大変なにぎわいになります。私も20年前に嫁いできてまもなく何もわからないままハッピなどの装束を着せられ女神輿を担がされました。それが重いのなんのって。今は肩、腰に負担なのでムリですね。まぁ私の場合はきっぷのいい姉御キャラでもないですし・・・

しかし時代の流れなのか、担ぎ手が減っているのか規模が縮小されつつあるようです。

40年前の浦安は人口が2万人くらいの小さな町でした。それ以降どんどん東京湾を埋め立てて、今では市の3/4が埋立地で人口も8倍になりました。幸い昨年の大地震のときは元町はほとんど被害はありませんでした。

その昔、浦安は漁村でしたが埋立計画が決まったときに漁業権を放棄させられので今はプロの漁師さんはいません。(もちろん相当の金額で補償はされたそうですが、それで身を持ち崩した人も多かったとか)義母の実家は舟の櫓を作っていて屋号は櫓屋(ろうやと発音します)です。

しかし独特な漁師言葉はまだ残っていて(いわゆる浦安弁です)旦那と義母、友人同士の会話は浦安弁です。例えば、「イシらんち行くべぇ」→君の家に行くよ、「すてんぱれ」→よく晴れている、など。千葉県はあまり方言はなさそうですがどうなんでしょうか。私自身もだいぶ慣れてきました。話せませんが。逆も然りで、旦那は私の両親が富山弁でする会話がよくわからないと言います。またあるとき息子に「富山じいじとばあばの言ってることわかる?」と尋ねると、なんと息子は祖父母の前ではわかったフリをしていたのです。お調子もんです。ときどき呆れます。(それでもだいたいのことは理解しているみたいですが)というわけで方言は難しいですね。

旦那が子供の頃は海が近く夏になるとよく海水浴に行ったそうです。舗装されていない道には貝殻が敷き詰められていて真夏はすごい臭いを放っていたらしいです。ちなみにうちの旦那と義母は浦安に住みながら貝類が大嫌いです。よって我が家の食卓にはアサリの酒蒸しハマグリの潮汁もでません。もちろん寿司も貝抜きです。

今では浦安といえば東京ディズニーランドで有名になりましたが、まだまだ元町の路地裏には昔の名残がそちこちにあって情緒豊かな下町の雰囲気が漂っています。そんなところが気に入っています。

写真家 野寺治孝
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