エッセイ エッセイのバックナンバー


昨年3.11の大震災はまだまだ皆様の心に深い傷を残しているかと思います。そのとき私は何もできない歯がゆさと恐怖と自分自身の生き方など、いろいろと考えさせられました。「写真家として何ができるのだろう?たぶん、今は何もできないが少しだけ世の中が落ち着いた頃、こんな無力な私でも少しは役に立つことがあるかもしれない」と思っていました。

夏のある日、栄久堂(製本業)の佐藤氏から連絡があり「南三陸町で被災された方々の作文をまとめ本を制作するのですが、撮影していただけませんか?これには社運を賭けているのです」と熱いお誘いをいただきました。私は何か運命的なものを感じお引き受けすることにしました。その作文を読ませていただきましたが、それは真の生の声でリアルな内容のものもありましたが、作文に共通していることは「忘れないでほしい。今ある日常がいかに大切なものか。皆さんには本当に感謝しています」ということでした。誰一人として失った財産やお金のことを書いている人はいませんでした。私は佐藤氏に「暗い写真は撮りたくありません。希望を見出せるような、上手く言えませんが廃墟に咲く花みたいなものが撮りたいのです」佐藤氏はそれに快く同意してくれました。

こうしてまだ夏の名残が残る9月に南三陸町に行きました。我々のレンタカーが丘を越え志津川の町に入ったとたん、それまでののどかな里山風景が一変し、積み上げられた廃車の山、コンクリートの土台だけが残った何もない町、ビルの屋上にはあるはずのない乗用車が載っていました。そこには想像をはるかに越えた信じられないような光景が広がっていました。写真家の目線で誤解を恐れずに書かせていただけば、とても強い被写体なのです。とてつもなく大きな力が被写体から押し寄せてくるのです。どう撮っても報道写真になってしまいます。私のなかではそのような写真にはしたくはありませんでしたが、その力を跳ね返すだけの力が私にはあるのか?打ちのめされそうになりました。「廃墟に咲く花が撮りたい」なんて言っていた自分の甘さに愕然としました。

とにかくこうして手探りの状態で撮影が始まりました。ガイドについてくれた地元の漁師をされている高橋さんは家を流され大変な思いをしているのに「まあ何とかなるさ。アッハッハ」と明るく話していました。彼がいなかったらこの撮影は不可能だったでしょう。私はくじけそうになると彼のことを思い出しました。この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。

そして10月に2度目の撮影を終えました。これが果たして自分の思っていた「何か私にできること」だったのかは今でもわかりません。もうすぐ震災から1年ですが本当に尊敬すべき人たちとは、あの状況の中で瓦礫を一つ一つ片付けていた方々です。ガラス、木、石と分別して片付けるのです。目の前には気が遠くなりそうな瓦礫の山です。いつ終わるかも見当もつかないなかで。本当に頭が下がります。

撮影中にお世話になりましたすべての方に御礼を申し上げたいと思います。

最後に作文の一節を引用させていただきます。

当たり前にあふれている毎日の日常も、
いつも一緒にいる凄く大切な人も、
けして当たり前に在るものでは無いと言う事。
存在する以上、いつか別れがあるという事。
毎日に感謝してほしい。
そばにいる誰かを今以上にもっと大切にしてほしい。
二十七歳 女性 販売業

※トピックスでもお知らせしていますが写真展を開催いたします。また書籍も販売いたします。売上の一部は寄付させていただきます。


写真家 野寺治孝
All images copyright © Harutaka Nodera. All Rights Reserved.