エッセイ エッセイのバックナンバー

 2010年の夏はめちゃくちゃ猛暑ですね。熱中症による被害も多数出ています。私も撮影に出かけるときは対策としてクーラーバッグにアイスノンとスポーツドリンクを持って行きます。このエッセイが出る頃には涼しくなっているのを期待しますが・・・

 先日、建築家のA先生とお話をさせていただきました。A先生は、「最近あらゆる分野にアマチュアが入ってきて仕事がやりづらくなった。すべての元凶は企業のお金が儲かれば何をやってもいい、仁義もプライドもなくしてしまった」と嘆いていました。

 たしかに写真界も10年前の女の子写真ブームあたりからその風潮は強くなりました。特に最近は高性能のデジカメの普及もあり、プロの写真の需要が不景気と重なって減っています。ただ物が写っていればいいカタログ的な写真はデザイナーや、へたをするとカメラ好きな社員が撮っているケースも多々あります。裏を返せば、100点に近い写真を望まなければそれなりのものは撮れてしまいます。ですからクライアントは高いギャラを払ってまでプロカメラマンに撮らせる必要がないのです。私の先輩でスタジオワークが神業的に上手い方もかなり苦戦していると言っていました。音楽界もAKB48のような素人的女の子集団が大人気です。よく見ると一人一人にたいしたタレント性はありませんが、十把一絡げで見るとそれなりに魅力的に見えます。プロデューサーのアイデアの勝利でしょうか。

 

 私がまだアマチュアだった1980年頃にこんなことがありました。青山のとある写真ギャラリーの窓ガラスに作品募集の張り紙がしてありました。「当ギャラリーにて写真展を開きませんか?ただしプロに限る」当時私は生意気盛りだったのでアマチュアにもかかわらず作品を持って訪ねました。ギャラリーのオーナーは丁寧に見てくれました。「おもしろい作品が何枚かありますが全体としてはまとまりに欠けます。でもこのおもしろい写真を煮詰めていけば将来注目される写真家になる可能性があります。写真展開催については正直、力不足でしょう。なにより私のところの主旨としましては、アマチュアの方はお断りをしています」私は食い下がりました。「いい写真にはプロもアマチュアもないと思います。作品の本質だけで判断すべきではないのでしょうか?」オーナーは穏やかに「野寺さんの言ってることはよく理解しているつもりです。ただアマチュアとプロの間には大きな"覚悟"という壁があります。プロの人は多かれ少なかれ、この壁を越えてきた方ばかりです。ですから写真が強いのです」と言いました。その頃の私には納得がいきませんでした。「写真が良ければプロだとかアマチュアだとか関係がない。覚悟なんて写るわけがない。そんなギャラリーはこっちからお断りだ」

 今でもこの答えはわかりません。自分がその壁を越えたのかもどうかも。今だに年上の方からは「甘い世界の気持ちがいいだけの写真」と言われたりしています。今の私の答えはこうです。プロ=上手い、アマチュア=プロより劣る。ではないと思います。アマチュアでもおもしろい写真を撮る人はたくさんいます。逆のプロもいます。プロというのは上手いという意味ではなく、職業としているという意味だと思います。その中でも真のプロフェッショナルとは自分の職業に責任とプライドを持って行動できる人だと思います。しかもそれ自体を楽しんでいる人ではないのでしょうか。

 かつて、アマチュアだった私に話をしてくれたそのギャラリーのオーナーの言葉がプロとアマチュアの違いのヒントになるかもしれませんね。プロとしての覚悟がまだ決まっているとは言えない私ですがそろそろ立ち位置を決めるときがきたと実感しています。25年以上もやってきて今さら遅いですかね。(笑)

写真家 野寺治孝
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