エッセイ エッセイのバックナンバー


 ネイチャー風景写真はかなり難しいジャンルだと思います。なぜか?結論から言えば個性を出しにくいからです。誤解を恐れずに書けば、実力を持ったある写真家ならば誰が撮っても同じように写ってしまうからです。(本当は同じには写らず真の実力を持っていればそれぞれ異なって写ります)もちろんアプローチの仕方によっては個性は出せます。藤原新也さんの「俗界富士」のように富士山をかなり個性的に撮ることができます。この写真は俗っぽい町並を入れ、富士山とのコントラストを皮肉っぽく(私にはそう見えました)写しこんでいます。あとはブレボケ、荒らすなどテクニックを使う方法もあるでしょう。しかし、風景を真正面から正攻法で撮ろうとなると本当にその作者らしい個性を写しこむのは難しいと思います。

 もう一つ、このジャンルにはネイチャー至上主義みたいなものがあるような気がします。「人工物や人は写してはいけない」みたいな暗黙のルールがあるようですね。例えば、丘に登り里山を撮るとします。そこには家や電柱や道といった人々の営みがあります。それらをいっさい排除し、望遠で自然風景だけ切り取る、そういったやり方です。悪く言ってしまえばいいとこ撮りです。それもありだと思いますが、ひとつ発想を変えてそれらをも含めてひとつの作品にしてみてはどうでしょうか。私達人間も自然の一部なのですから。春の桜だけの写真も美しいと思います。しかし、その下に幸せそうな家族がいたらもっとドラマチックないい写真になる可能性があるのではないでしょうか。どちらを選ぶかは作者の自由です。そろそろ結論を書かないとまた堂々巡りになってしまいますね。

 自然だけにこだわらず時には人工物や人も積極的に入れてみる。
 今見ている風景の何を伝えたいのかを考える。その際単なる美しさよりもその向こう側にあるものを写し撮る。
 初めて見た風景なのに昔に見たような懐かしい感覚を取り入れてみる。
 大上段に構えるより庭の花など身近なものを撮ってみる。
 直感と感性を養えるスナップ写真にもチャレンジしてみる。ちなみに私は旅に出ると何でも撮ります。その日の食事、ホテルの部屋、出会った人々、街並み、もちろん自然風景も・・・

 書いていて気がついたのですが私のなかには写真をジャンル分けしていないようですね。どんな被写体も自由に感じたように好きに撮っています。要するにこうすればいいという結論はありません。また逆にこうだからダメということもありません。作者自身が何を良しとするのか、何に気づくのか、ここが難しいところであり面白いところでもあるのです。この春ぜひとも個性的な風景写真に楽しくチャレンジしてみてください。

写真家 野寺治孝
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