エッセイ エッセイのバックナンバー


 風景写真。自分で書いていながら難しいジャンルです。大きく分けると2種あると思います。人工物をいっさい排除したネイチャー風景写真。もう一つはビルや街並みや乗り物といった人工物の入った一般的な風景写真(時には人や動物も)。私の「TOKYO BAY」も大きく分ければネイチャー風景写真に入ると思います。しかし、水平線に人工物が写っているのでネイチャーとは呼べなくなってしまいますね。(私のなかでは海の肖像写真なのですが)

 写真雑誌や写真教室はなぜネイチャー写真が多いのか?それはこのジャンルを撮りたい人が圧倒的に多いからです。一つ例にあげると、ある写真教室ではバスで富士山の見える絶景ポイントに行き生徒全員が同じレンズを付け、先生が「はい。シャッターを押して」と言い全員同じ写真を撮るという話を聞いたことがあります。これは極端な例だと思いますがネイチャー写真は比較的教えるほうも教わるほうもわかり易いのです。(本当は奥が深くとても難しいのですが・・・)教える側はシャッターチャンス、露出、トリミングといった基本的なことを教えればいいのです。例えば、「夕日が富士山に落ちた瞬間に露出は明るめで200ミリのレンズで富士山をやや右側に入れて、左側の木の枝は入れないように」と。教わる側も具体的でわかり易いですよね。でも本当に伝えたいのは作者それぞれちがいます。ある人は太陽が落ちた後のシルエットになった富士山かもしれません。またある人はもっと後の空が紺色になった重々しい富士山かもしれません。どちらが正解ということも間違いということもありません。要は作者の意図がどこにあるかなのです。ですから教える側としてはこのことについて「正解はありませんので好きに撮ってください」としか言えません。これでは写真教室になりませんよね。先生は何かに導いてあげなければ生徒は集まりません。そしてきれいな写真を楽しく撮らせてあげれば喜ばれ、生徒が集まりカメラも売れ、お金が落ちていきます。つまり最もビジネスになる手っ取り早いのがネイチャー写真なのです。

 しかし、これは悪いことではありません。それで写真に興味を持ち次に進んでくれればいいのです。(先生が生徒のレベルに合わせてくれれば完璧ですが)例えば、春、桜が咲きます。皆が心ウキウキ撮りたく季節です。ここで満開で撮るのか散った後で撮るのかで桜写真のイメージはかなりちがってきます。結論から言えば「咲いても散ってもいい写真はいい」のです。その作者の心情が反映されていればどう撮ってもいいのです。

 例があっているかわかりませんが、銀行などで配られるネイチャー風景カレンダーの写真はきれで当たり障りがなく、作者の意図は見えてこない(これはこれでとても難しく、相当技術がいります)ものとアンセル・アダムスの名作「ムーンライズ」。同じネイチャー写真でもまったくちがってきますね。「どう撮りたいのか、何を伝えたいのか、何を感じたのか」を整理してからネイチャー風景写真と対峙してください。この分野は本当に難しいのでまた次回も書きます。

写真家 野寺治孝
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