エッセイ エッセイのバックナンバー


前号からのつづき。

 ポストカードが売れ、それを見た方からいろいろと仕事の依頼が来ました。最初は知人の紹介で中古車とその整備工場の撮影でした。いただいたギャラは2万円。緊張して露出を微妙に変えてかなりの数シャッターを切った記憶があります。次の仕事はストックフォトと呼ばれているいわゆるレンタルフォトの大手会社からでした。仮にA社としておきましょう。そのA社のBさんから電話がかかってきて「あなたの写真を扱ってみたいので一度お越し願いたい」とのことでした。さっそく出かけて行くと会社と仕事の説明があり、いきなり「フィルム代と飛行機代を出すからニューヨークに撮影に行ってくれ」と言われました。うれしいのと同時に少し怖くなりました。初対面の私にそんないい条件をいきなり提示するなんてもしかして騙されているのかもと思ってしまいました。ノーテンキな私も慎重になりました。B氏とは何度か会い飲みに連れていってくれたり、「ストックフォトにはありきたりな写真しかない。野寺さんのような若い感覚の写真が欲しい」と熱く語ってくれました。とりあえずまだ自分の写真には自信がなかったので飛行機代は遠慮してフィルムだけいただきニューヨークに行くことにしました。

 2度目のニューヨークなので折りたたみ自転車を持って行き昼夜を問わず疾風のごとき摩天楼を走り撮りまくりました。1日の撮影量は36枚撮りフィルムで27本。今でも私の最高記録です。現在のようにデジカメなんてなく、しかもノーワインダーの手巻き上げマニュアルカメラでした。帰国し写真を見せ気に入ってもらいカタログにも載り、少しづつですが売り上げも上がってきました。

 ストックフォト業界というのは実は特殊な業界なので少し説明をしておきます。まず、写真家が自費で撮影したフィルム(今はデータ)を無料で預かってくれます。それをコマーシャルや商品を製作している広告代理店などに貸し出します。代理店はその写真で広告物を制作します。その貸出料の約40%が写真家の収入になり、残りはストックフォト会社の収入になります。写真家とは委託契約だけを交わします。個人の写真家は写真は撮れても販売能力がないわけですからその販売を代理してくれる会社なのです。収入はポストカードと合わせてそこそこありましたがまだプロという自覚はありませんでした。学生の部活のノリみたいなものでした。そんなとき義父親との間にある事件が起きてしまいました。

次号につづく。

写真家 野寺治孝
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