エッセイ エッセイのバックナンバー


前号からのつづき。

 NY から戻って来てさっそく友人達に写真を見てもらいました。それを魚に飲んでいるとある奴が「お前の写真のほうが浅井慎平より面白い。ポストカードにすればきっと売れるぜ」「そんなことはないよ」と言いましたが実をいうとまんざらでもなく「そんなにみんなが言うのならやってみるか」と酒の勢いでその気になってしまいました。言ってしまった以上あとには引けません。デザインは自分で考え、版下は友人に依頼し、印刷は当時フォトコンテスト誌の編集長板見浩史氏に紹介していただきました。板見氏は実は集団剣のメンバーでもあるのです。いまでも節目節目でお世話になっております。

 販売はポストカードを以前買ったことのあるお店に行ってお願いしました。そうしたらカードの制作問屋を紹介してくれてトントン拍子に店頭に並んでしまいました。委託販売だったので売れた分だけお金が入ってきますが売れなければ収入はありません。自分の中では3ヶ月で制作費が回収できなければ次はないと思いました。そして3ヶ月目の入金日が来ました。なんとギリギリ5千円だけ制作費を上回りました。もしこのとき5千円上回っていなければ今の私はいません。本当に後になって考えれば人生って面白いですね。と同時に若気のいたりで怖いもの知らずでしたね。でも運だけは味方してくれたようです。私のデビューはこんな形で訪れてしまいましたがまだプロだと意識も薄く、若者特有のノリと勢いだけでした。

 ポストカードの第二弾を作ることになり、カード会社の意見が入ってきました。具体的には「紙質をマットに変えること。写真をある程度こちらで選びたい」でした。それに応じて制作したところ1ヶ月で前の3ヶ月での売り上げの5倍にもなってしまいました。これにはびっくりし、同時に有頂天になってしまいました。それまでの人生で手にしたこともない大金(大した額ではないけれど当時の私にしたら大金)が銀行に振り込まれました。さっそく第三弾も作りました。たぶんこの時代の写真のブームに乗ったのでしょう。売れるということは大勢の人に見てもらえるということです。いろいろなところからオファーが来ました。しかし、有頂天の私にとってそれを冷静に受け入れることはまだできませんでした。

次回につづく。

写真家 野寺治孝
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