エッセイ エッセイのバックナンバー

 数年前のゴールデンウィークに雑誌の仕事でインドネシアのジャバラという町に行きました。この小さな町の家具工房を取材しました。とても蒸し暑く取材は主に午前中だけで午後はホテルのプールサイドで休むといったのんびりとしたスケジュールでした。約1週間の取材を終え、最終日は工房の社長さん(日本人)が「今日は打ち上げを兼ねてカレーを作ります。市場に買出しに行くので手伝ってください」と言われて朝、市場に行きました。ニンジンやジャガイモの野菜とショウガや赤唐辛子といった香辛料を大量に買い込み、肉屋に向いました。店に近づくにつれ臭うのです。それもそのはず、ここには冷蔵庫がないのです。店先のコンクリートの床の上に牛の足が原型のまま置きっぱなしだったのです。社長さんは「適当に切ってくれ」と言いその足を1本買ったのです。真っ黒いまるでゴミ袋のようなビニールシートに入れて持ち帰りました。工房に着き、さすがに冷蔵庫に入れると思いきや「そんなものないから日陰にでも置いといてください」と言うと仕事場に行ってしまいました。

 午後の仕事が終わり、夕方工房のスタッフ総出でカレー作りが始まりました。どこからともなく近所の人や子供達も加わり総勢100名位いたと思います。直径1メートルはある巨大鍋2つで野菜と香辛料をゆで始めました。いよいよ牛肉を入れる番になりました。ビニール袋を開けるとワインのような芳醇(笑)ないい匂い???がするではありませんか。その中に何か蠢くものが見えました。私は思わず「ひえ~!」とひるんでしまいました。よく見るとそれは巨大アリでした。アリの蟻酸かどうかわかりませんが肉が発酵してワインのような匂いを放っていたのです。はっきり言って半分腐りかけていたのです。アリを落としながら肉が次々と鍋の中に放り込まれました。私は食べるべきかどうか正直迷いました。頭の中を市場の肉屋の情景や這いずり回っていたアリのこと、明日からバリに向かいまだまだ続く仕事のことなどがよぎりました。そうこうしているうちにカレールーを入れると辺り一面にとてもいい匂いが漂い始めました。

 私は覚悟を決め恐る恐る口入れてみました。次の瞬間、「うまい!最高にうまい!」よく腐りかけた肉が最高の味といいますが本当においしいカレーでした。肉も甘みがあって柔らかく、辛さの中に香辛料の酸味がほどよく溶け込み、爽やかささえ感じました。たぶん一生涯これ以上のカレーを食べることはできないとさえ思ってしまいました。皆も最高のカレーとビールのせいで今宵の宴は最高に盛り上がりました。

 翌朝バリ島に飛びましたがお腹はなんともありませんでした。飛行機の中で社長さんが「いつもはもっと安く古い肉なんだけれど今回は取材ということで新しいのを買いました。ご無事でなにより」とニヤっとしながら話してくれました。

写真家 野寺治孝
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