エッセイ エッセイのバックナンバー

 中学校に入学した頃はGSもフォークも下火で海外ではビートルズがついに解散してしまいました。日本では吉田拓郎が大ブレークし歌謡界は天地真理、小柳ルミ子、南沙織の3人娘が大人気でした。何を隠そう私は南沙織の大ファンでした。沖縄出身で色が黒く長い髪に大きな瞳、少し舌足らずで歌う『17才』はとても衝撃でLPまで買ってしまいました。ちょうどこの頃、友人と文化祭でフォークデュオをやろうと思いつきギターを買いに行ったのです。ギターを始めた動機はご多聞に漏れず、女の子にもてたいからです。御茶ノ水のクロサワ楽器店の20%引きで8千円の木曽スズキというメーカーのものを購入しました。友人に「ギターにはコードというものがあるらしいが知ってる?」と聞いたところ、「フォークギターはエレキではないので電気コードはいらない」と言われ納得してしまいました。その後、芸能雑誌『明星』や『平凡』の付録のソングブックにコード譜が載っていてコードというのは和音の押さえ方だと知りました。はじめに覚えたのはEm7。ジャ~ンと鳴らしたときあまりにも美しい音が出たので思わず「おお!」と声をあげ感動したことを覚えています。ローコードを次々とマスターし、ハイコード(バレーといい人差し指で弦をすべて押さえるFコードのような形)には苦労しました。音が出ないのと押さえるのに時間がかかってつっかえてしまうのです。練習を重ねどうにかFで始まる『戦争を知らない子供たち』が弾けるようになりましたが女の子にはもてませんでした。私より下手でコードも知らなかった友人のほうがもてていました。ギターの腕と女の子にもてるのは全然関係ないようですね。

 家ではベンチャーズやビートルズばかり聴いていました。ちょうどビートルズは2枚組みLPの赤盤、青盤のベストを出した頃でした。赤盤が好きで擦り切れるほど聴き込みました。『抱きしめたい』はコードをコピーしました。『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』『HELP』『レット・イット・ビー』の3本立て映画も見に行きました。『レット・イット・ビー』の屋上ライブでジョンが風に髪をなびかせながら歌うシーンがカッコよかったです。それとポールとリンゴがピアノを弾けるなんて思ってなかったのでショックでした。「ロックでもちゃんと音楽ができないとダメなんだ」と思いました。そんなわけでビートルズ熱は高校三年の秋まで続きましたが、この秋私の人生に今だに大きな影響を与えると言っていいミュージシャンと出合ってしまったのです。その人は次回のお楽しみということで。

写真家 野寺治孝
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