エッセイ エッセイのバックナンバー

 1958年、牛乳屋の長男として私は生まれました。高度経済成長期の牛乳屋はたくさんの顧客を持ち、大勢の若者を雇い自転車や軽トラックでの宅配をしていました。ほとんどの従業員は住み込みで働いていたのです。そのお兄さんやお姉さんたちは音楽好きで、物心がついたときは家の中には音楽があふれていました。その中の一人はレコードプレーヤー(ステレオではなくポータブルなもの)を持っていました。私にドーナッツ盤(シングルレコード)のアメリカンポップスをよく聴かせてくれました。そしてなぜか隣にはお手伝いのお姉さんもいました。きっとレコードを餌に口説いていたのでしょう。ですからなんとなくその時代の音楽が無意識の中にも私の体に染み込んでいます。私よりも10歳も上の兄は今で言うオーディオ・マニアで次々と新しい機械を買っていました。その兄が初めて父から買ってもらったステレオを1週間後に分解してしまい大目玉を食らっているのを覚えています。「どうして音が出るのか見てみたかった・・・」とぽつりと言って反省していました。そんな兄ですから次々と当時のヒットチャートのレコードを買ってきました。あるとき、小学校から帰ってくるとそれまで聴いたことのない音楽が聞こえてきました。何ていうかしびれるような音、踊りたくなるようなリズム、そしてテケテケという妙な音。そうですベンチャーズです。子供心にも衝撃でした。「ダイヤモンド・ヘッド」「パイプライン」は口でメロディーを暗記するほど好きになってしまい、教室の後ろの棚をステージに、箒をギターに見立て口真似でベンチャーズのマネをして先生に怒られてしまいました。

 その後兄たちの間では男のくせに長髪の妙なバンドの話題でもちきりでした。そのバンドの写真が載った雑誌を見せてもらいましたがメンバーが皆同じ顔に見えて区別がつきませんでした。それがあの『ビートルズ』だなんてそのときはまったく気がつきませんでした。レコードを聴かせてもらいましたが、ベンチャーズや加山雄三が好きだった私はいまいち興味が沸きませんでした。

 1967年、日本中で凄まじいグループサウンズ(GS)ブームが起きていました。小学3年の私も熱中してしまいました。当時GSは不良と呼ばれコンサートやエレキを禁止する学校もありました。とにかく私はあのエレキギターの音が大好きだったのです。モズライトやストラトのようなダブル・カッタウェイの形に憧れていました。ES-335のようなセミアコタイプはおじさん臭くて好きになれませんでした。兄の婚約者がお手伝いさんとして2階に住み込んでいました。掃除をするとき必ずGSのレコードをかけていました。スパイダースの「なんとなくなんとなく」とワイルド・ワンズの「想い出の渚」がよくかかっていました。テレビやラジオからもGSがかからない日はありませんでした。雨後の竹の子のように本当に数多いGSが出てきました。ブルーコメッツの『ブルーシャトウ』とタイガースの『モナリザの微笑』がレコード大賞を争っていました。私はおじさん臭いブルーコメッツは嫌いでした。ワイルド・ワンズが好きだったので『青空のある限り』のシングル盤を370円で買いました。買ったお店もその帰りにクラスの女の子に会ってしまい「ワイルド・ワンズのレコードを買ったんだ」と少々鼻高々に言ったことを覚えています。なぜかその後のことは記憶から欠落しています。ただ、加瀬邦彦さんの弾くファズのかかった割れたギターの音が「うちのステレオが壊れてしまった」と勘違いしてしまったこともよく覚えています。そんなわけで小遣いのほとんどはGSのシングルレコードにつぎ込んでしまいました。高価なLPは買えませんでした。今でも大切な私のコレクションです。『想い出の渚』はジャケット違いで2枚持っています。ある日のこと、テレビでタイガースが英語の曲を歌っていました。『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』という曲でした。さっそくレコード店に買いにいくと、お店の人が「それはタイガースの曲ではないよ」と言って出してくれたジャケットを見てびっくりしました。一言で言ってまさしく不良。日本のGSのように笑っている写真ではなく、メンバー5人がそれぞれに変装している写真でした。家に帰りさっそく聴いてみました。最初のギターのリフの後にいきなり「ワンチュー!」と叫び声。

 そして間奏のところでは「ウッウ~ン」と唸り声。私の理解を超えていました。何か足を踏み入れてはいけない世界に入ってしまったようでした。学校の先生が言っていた「不良の音楽」とはこれだと思いました。「日本のGSとはレベルが違いすぎる」とてつもなく大きなショックを受けました。私が初めて本当のロックに出会えた瞬間でした。そのバンドの名はローリング・ストーンズ!

写真家 野寺治孝
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